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最澄(さいちょう)

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最澄(さいちょう)に関する本・DVD

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年月日 できごと 写真
767 出生説に基づく。[1] 情報源のサイトへ
778 12歳のとき近江国分寺に入り、出家して行表(ぎょうひょう)の弟子となる。 情報源のサイトへ
780 14歳のとき国分寺僧補欠として 情報源のサイトへ
780/11/10 作成の「近江国府牒」に“三津首広野年拾五”との記述があり 情報源のサイトへ
780/11/12 得度し名を最澄と改めた。 情報源のサイトへ
783 17歳のとき 情報源のサイトへ
783/1/20 正式な僧侶の証明である度縁の交付を受ける。[2] 情報源のサイトへ
785 19歳のとき東大寺で具足戒を受ける。 情報源のサイトへ
785/7 比叡山に登り山林修行に入り、大蔵経を読破。 情報源のサイトへ
797 内供奉(ないぐぶ)十禅師。 情報源のサイトへ
802 高雄山寺(神護寺)法華会(ほっけえ)講師。入唐求法(にっとうぐほう)の還学生(げんがくしょう、短期留学生)に選ばれる 情報源のサイトへ
804 入唐し、帰朝に当って王羲之の十七帖、王献之、陽詢、褚遂良などの筆跡や法帖類を持ち帰った。その書風は空海の変幻自在なるに比べて、清澄で品格が高い 情報源のサイトへ /art_utsumi001-12_2.jpg /CA3A0003.JPG
804 書における師承は明らかでないが、延暦23年 情報源のサイトへ
804/7 通訳に門弟の義真を連れ、空海とおなじく九州を出発。 情報源のサイトへ
804/9 に到着。天台山に登り、湛然の弟子の道邃(どうずい)と行満(ぎょうまん)について天台教学を学ぶ 情報源のサイトへ
805 書かれたものである。楷書であるが久隔帖と同じく王羲之風の流麗な筆致である 情報源のサイトへ
805 『請来目録(録)』(しょうらいもくろく(えっしゅうろく))は、在唐中、最澄が浙江)で蒐集または抄写した経疏、天台関係の文書、法具などの目録で、延暦24年 情報源のサイトへ
805/5 帰路の途中和田岬(神戸市)に上陸し、最初の密教教化霊場である能福護国密寺を創する。 情報源のサイトへ
805/7 上洛、滞在中に書写した経典類は230部460巻。帰国当時、桓武天皇は病床にあり、宮中で天皇の病気平癒を祈る 情報源のサイトへ /dsc31004a_1.jpg /tyourakuji.JPG
806/1 最澄の上表により、天台業2人(止観(しかん)業1人、遮那(しゃな)業1人)が年分度者となる。これは南都六宗に準じる 情報源のサイトへ
811 『羯磨金剛目録』(かつまこんごうもくろく)は、最澄が唐からの請来品を仁2年 情報源のサイトへ
811 比叡山に奉納した目録の断片で、その初行の文字によってこの名がある。全紙に比叡山の印が捺されている 情報源のサイトへ
812 冬、弟子の泰範、円澄、光定(こうじょう)らと高雄山寺におもむき、空海から灌頂(かんぢょう)を受ける。 情報源のサイトへ
813 『久隔帖』(きゅうかくじょう)は、仁4年 情報源のサイトへ
813/1 泰範、円澄、光定を高雄山寺の空海のもとに派遣して、空海から密教を学ばせることを申し入れ 情報源のサイトへ
813/11 最澄が「理趣釈経」の借用を申し出たが、空海は「文章修行ではなく実践修行によって得られる」との見解を示して拒絶、以後交流は相容れなかった。 情報源のサイトへ
813/11/5 小法弟最澄状上 情報源のサイトへ
813/11/25 付で書いた尺牘(せきとく、漢文の書状)で、「久隔清音」の句で始まるのでこの名がある。宛名は「高雄範闍梨」とあり、これは高雄山寺に派遣した最澄の弟子の泰範であるが、実質は空海宛である[3] 情報源のサイトへ
815 和気氏の要請で大安寺で講説、南都の学僧と論争。その後東国へ旅立つ 情報源のサイトへ
818 みずから具足戒を破棄。『山家学生式』(さんげがくしょうしき)を定め、天台宗の年分度者は比叡山において大乗戒を受けて菩薩僧となり、12年間山中で修行することを義務づける 情報源のサイトへ
822 カテゴリ: 天台宗 | 日本の僧 | 日本の能書家 | 平安時代の人物 | 767年生 | 822年没 情報源のサイトへ
822/6/4 比叡山の中道院で没、享年56(満54歳没)。没後 情報源のサイトへ
822/6/7 目、大乗戒壇設立は、弟子の光定と、藤原冬嗣、良岑安世の斡旋により勅許。 情報源のサイトへ

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