年表トップ > 日本の大学 > 名古屋大学
ウェブサイト上の情報を調べて見出し情報をまとめた検索結果ページです。事実が正確に並べられた年表ではありませんのでご注意下さい。
名古屋大学
Ads by Google
| 年月日 | できごと | 写真 |
|---|---|---|
| 1870 |
頃(詳細年月日不明) |
|
| 1871 |
旧藩書類綴」。徳川林政史研究所所蔵他
|
|
| 1871 |
仮病院が旧 |
|
| 1871/5 |
開設されたとする
|
|
| 1871/5 |
創立説がある。以前の通説的見解であったこともあり、現在でも名大は創立記念日を
|
|
| 1871/5/1 |
おいている(「 |
|
| 1871/8/9 |
[9]、「仮病院・仮医学校」が開設された。以後仮病院・仮医学校は |
|
| 1878 |
公立医学校となる。
|
|
| 1880 |
明治13年)。
|
|
| 1881 |
|
|
| 1901 |
|
|
| 1903 |
専門学校令に基づき |
|
| 1908 |
高等学校令に基づき第八高等学校が設立される。
|
|
| 1920 |
大学令に基づき |
|
| 1931 |
国へ移管され官立 |
|
| 1931/5/1 |
官立移管され |
|
| 1939 |
官立 |
|
| 1939 |
設置された。大学の略称は名大(めいだい)
|
|
| 1939 |
設立された |
|
| 1940 |
理工学部を新設。
|
|
| 1942 |
理工学部を理学部と工学部に分離。
|
|
| 1943 |
10~18頁。
|
|
| 1943 |
航空医学研究所を附置。
|
|
| 1944 |
東京大学理学部物理学科卒後すぐに名古屋大学理学部物理学教室助手となる。その後、名古屋大学理学部物理学教室及び分子生物学研究施設に41年間、大阪大学基礎工学部生物工学教室に
|
|
| 1945 |
師範教育令に基づき官立 |
|
| 1946 |
環境医学研究所を附置。
|
|
| 1947 |
|
|
| 1947 |
帝国大学令は国立総合大学令に改称され、大学名も名古屋大学と改称される。
|
|
| 1947/9 |
一橋大学商学部卒業
|
|
| 1948 |
法経学部、文学部を設置。
|
|
| 1948 |
「(旧制) |
|
| 1949 |
文学部、教育学部、法経学部、理学部、医学部、工学部の6学部からなる新制名古屋大学として再出発しました。その後
|
|
| 1949 |
|
|
| 1950 |
『商法改正〔昭和25年・
|
|
| 1951 |
農学部を設置。
|
|
| 1951 |
名古屋大学理学部生物学科を卒業、同大学助教授を経て
|
|
| 1952 |
学部卒)
|
|
| 1952 |
FAX
|
|
| 1952 |
fax : 052/789/5027
|
|
| 1952 |
〒464-8602 |
|
| 1953 |
から
|
|
| 1954 |
名古屋大学工学部応用化学科卒業
|
|
| 1954 |
制定)
|
|
| 1955 |
制定)
|
|
| 1955 |
かけて理学、工学、法学、経済学、文学、教育学、医学、農学の8研究科が設置される。しかし大学への予算配分や教官配置の基礎は学部内の講座(chair)制に置かれていた
|
|
| 1956 |
学部卒
|
|
| 1956 |
名古屋大学体育会が結成され
|
|
| 1958 |
教養部
|
|
| 1958/6 |
名古屋大学教授として発令されたので、宗宮教授が退官される
|
|
| 1958/11/29 |
「第1回定期演奏会」
|
|
| 1959 |
名古屋大学工学部卒業
|
|
| 1960 |
から毎年
|
|
| 1960 |
|
|
| 1960 |
学部卒
|
|
| 1960/6 |
名大祭を主催し、教養部の団体の名残である名大祭一・二年生実行委員会が秋季の秋革祭を主催している。とくに名大祭は多くの研究室・部活・サークルの成果の発表の場として、また全学学生の団結力を示す場として位置付けられている
|
|
| 1960/6/1 |
曜日に掛けての |
|
| 1961 |
プラズマ研究所を附置。
|
|
| 1961 |
大学公認を受けている。同会に所属する部の中には、陸上競技部など旧 |
|
| 1961/6 |
第一回が行われたため、その後も
|
|
| 1961/6 |
行われることとなった。
|
|
| 1962 |
名古屋大学法学部卒業
|
|
| 1962 |
学部卒
|
|
| 1963 |
教養部を正式に設置。
|
|
| 1963 |
豊田工業高等専門学校の初代校長に就任し、同校のスポーツ振興に力を注いだことに由来する。大学と高専が共催するスポーツ大会は |
|
| 1964 |
創立された合成化学第5 工業機器分析化学講座を源とするが、名古屋大学創立時に発足した工業分析化学講座がその源流であるので、工業化学分析化学講座の歴史から記載した。また、応用化学第8講座 応用計測化学研究室の正式名称は、名古屋大学大学院工学研究科化学・生物工学専攻応用化学分野 無機材料・計測化学講座 応用計測化学グループになる
|
|
| 1964 |
名古屋大学農学部畜産学科卒業
|
|
| 1964/11 |
下旬に |
|
| 1965/6 |
演奏会」
|
|
| 1966 |
農学部移転で、東山キャンパスへの統合移転完了。
|
|
| 1967/5/8 |
「神戸大学との合同演奏会」
|
|
| 1968 |
名古屋大学理学部化学科卒業。
|
|
| 1969 |
名古屋大学文学部(仏文科)卒業
|
|
| 1969 |
名古屋大学大学院理学研究科博士課程修了。
|
|
| 1969/12/24 |
「第12回定期演奏会」
|
|
| 1971 |
大型計算機センターを設置。
|
|
| 1971 |
名古屋大学文学部卒業
|
|
| 1973 |
名古屋大学大学院理学研究科博士課程単位取得満期退学。
|
|
| 1974 |
京都大学工学部建築学科卒業
|
|
| 1974/12/14 |
「第17回定期演奏会」
|
|
| 1975 |
名古屋大学教育学部教育学科卒業
|
|
| 1976 |
名古屋大学経済学部卒業
|
|
| 1976 |
同工学研究科建築学専攻修士課程修了
|
|
| 1976/3 |
(共著)
|
|
| 1977 |
|
|
| 1977 |
大阪大学 工学部 金属材料工学科卒業
|
|
| 1979 |
静岡大学教養部助教授
|
|
| 1979 |
同学 基礎工学部 生物工学科卒業
|
|
| 1980 |
名古屋大学大学院教育学研究科博士課程後期課程(教育心理学専攻)単位取得満期退学。
|
|
| 1981 |
同大学院 博士前期課程物理系・生物工学専攻修了
|
|
| 1981/12/17 |
「第24回定期演奏会」
|
|
| 1982 |
−)
|
|
| 1982 |
ハーバード大学客員研究員、1991-
|
|
| 1982 |
名古屋大学法学部法律学科卒業
|
|
| 1983 |
同博士課程満期退学
|
|
| 1984 |
名古屋芸術大学美術学部デザイン科講師
|
|
| 1985 |
東京大学文学部第三類国語学専修課程卒業
|
|
| 1986/3 |
大阪大学、名古屋大学を停年退官、両大学名誉教授となる。次いで愛知工業大学に勤務、現在同大学客員教授
|
|
| 1987 |
東山キャンパス(1987年)
|
|
| 1987 |
金沢美術工芸大学美術工芸学部講師
|
|
| 1987 |
東京工業大学 大学院 理工学研究科 博士後期課程・制御工学専攻修了
|
|
| 1987/4 |
より |
|
| 1988 |
東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専門課程修士課程修了
|
|
| 1988 |
東京大学文学部助手
|
|
| 1988/6 |
「資金計算の構造」 『会計』 第133巻第6号 (1988年6月)
|
|
| 1989 |
『アンソニー財務会計論』 白桃書房,1989年
|
|
| 1989 |
|
|
| 1989 |
『萩原朔太郎論 《詩》をひらく』、単著、 |
|
| 1989 |
プラズマ研究所を核融合科学研究所に改組し、大学共同利用機関に移行。
|
|
| 1989 |
東京大学 工学部 計数工学科 専任講師
|
|
| 1989 |
名古屋大学法学部法律学科卒業
|
|
| 1989/4 |
新技術事業団生物フォトンプロジェクト入団 (90/3 同 退団)
|
|
| 1989/6 |
「 |
|
| 1989/12/13 |
「第32回定期演奏会」
|
|
| 1990 |
空電研究所と理学部附属宇宙線望遠鏡研究施設を統合改組し、太陽地球環境研究所を附置。
|
|
| 1990 |
名古屋大学出版会発行、名古屋大学日本語教育研究グループ編)
|
|
| 1990 |
九州工業大学 情報工学部 機械システム工学科 助教授
|
|
| 1990/1 |
学位:文学博士(名古屋大学、1990年1月)
|
|
| 1990/3 |
『資金計算書研究』 岡山大学経済学研究叢書第10号,1990年3月
|
|
| 1990/10 |
「企業戦略のキャッシュ・フロー分析」 『経営行動』 第5巻第3号 (1990年10月)
|
|
| 1991 |
国際開発研究科
|
|
| 1991 |
名古屋大学大学院法学研究科博士課程前期課程修了 (法学修士)
|
|
| 1991 |
当時の文部省が示した大学設置基準の大綱化をもとに大学院の部局化を本格化する。これは事実上の大学院重点化であった
|
|
| 1991 |
名古屋大学法学部助手
|
|
| 1991 |
金沢美術工芸大学美術工芸学部助教授
|
|
| 1991 |
静岡大学教養部教授、同大学理学部教授などを経て
|
|
| 1991/11 |
「基本財務諸表としての資金計算書」 『会計』 第140巻第5号 (1991年11月)
|
|
| 1992 |
文部省長期在外研究・ |
|
| 1992 |
人間情報学研究科(後述する教養部改組措置を兼ねた研究科として誕生)
|
|
| 1992/3 |
名古屋大学を停年退官、名誉教授となる。また
|
|
| 1993 |
京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学
|
|
| 1993 |
学部卒
|
|
| 1993/3 |
『資金会計論』 白桃書房,1993年3月
|
|
| 1994 |
名古屋大学 大学院 工学研究科 マイクロシステム工学専攻 教授 現在に至る.
|
|
| 1994 |
『名古屋大学留学生センター年報』 (1994年−
|
|
| 1994/1 |
「資金会計の勘定理論」 『会計』 第145巻第1号 (1994年1月)
|
|
| 1994/1 |
「 |
|
| 1995 |
名古屋大学情報文化学部助教授
|
|
| 1995 |
同大学院美術研究科造形専攻助教授(兼担)
|
|
| 1995/4 |
郵政省通信総合研究所COE非常勤研究員 (98/3 同 退職)
|
|
| 1996 |
『日本語研修コース修了生追跡調査報告書2』(1996年)
|
|
| 1996 |
名古屋大学法学部助教授
|
|
| 1996/12 |
「外貨換算会計と資金計算書」 『中部大学経営情報学部論集』 第11巻第1号 (1996年12月)
|
|
| 1997 |
凡人社発行、藤原雅憲・籾山洋介編)
|
|
| 1997 |
より名古屋大学大学院理学研究科教授。この間
|
|
| 1997 |
|
|
| 1997 |
『声の祝祭 |
|
| 1997/7/31 |
「京都大学マンドリンオーケストラとの合同演奏会」
|
|
| 1997/8 |
「連結財務諸表の目的——現金創出力をめぐって——」 『JICPAジャーナル』 第505号 (1997年8月)
|
|
| 1998 |
『日本語研修コース修了生追跡調査3:研究留学生にみられる |
|
| 1998 |
|
|
| 1998 |
国際言語文化研究科の各研究科設置という形で実現した。また、後者は教養部を改組の上、前述した人間情報学研究科と情報文化学部
|
|
| 1998 |
〜), |
|
| 1998/4 |
東北学院大学工学部応用物理学科講師 (99/3 同 退職)
|
|
| 1998/10 |
「キャッシュフロー計算書とは何か」 『企業会計』 第50巻第10号 (1998年10月)
|
|
| 1999 |
〜)社会関連会計学会理事
|
|
| 1999 |
法、医、生命農学
|
|
| 1999 |
『大学の国際化と留学生センターの役割 名古屋大学留学生センター自己点検・評価報告書』(1999年)
|
|
| 1999 |
『企業結合・企業統治・企業金融』(信山社・1999年)
|
|
| 1999 |
(財) |
|
| 1999/2 |
(共編著)
|
|
| 1999/4 |
理化学研究所フォトダイナミクス研究センター伊藤チームフロンティア研究員 (サブチームリーダー)
|
|
| 2000 |
教育学研究科を教育発達科学研究科と改称。
|
|
| 2000 |
海外研究開発動向調査(文部省)・ |
|
| 2000 |
『国際化の視野からみた言語文化科目の教育改善』(2000年)
|
|
| 2000 |
レーザー学会 業績賞(論文賞)
|
|
| 2000 |
名古屋大学の基本理念の概要を示す『名古屋大学学術憲章』が定められた。この憲章において、自発性・創造性・先進性・国際性などの重視が示されており、「勇気ある知識人を育てる」ことが目標に掲げられている
|
|
| 2000 |
博士(法学)学位取得(名古屋大学)
|
|
| 2000 |
文、教、経済と各学問分野において大学院重点化を完了させることで実現している。
|
|
| 2000/4 |
|
|
| 2000/12 |
「財務会計の三元的理解——資金観の可能性——」 『企業会計』 第52巻第12号 (2000年12月)
|
|
| 2001 |
大気水圏科学研究所を廃止。環境学研究科、地球水循環研究センターを設置
|
|
| 2001 |
|
|
| 2001 |
表明された文部科学省の方針に基づき
|
|
| 2001 |
|
|
| 2001 |
『留学生の教育・研究に関わるコミュニケーションと人間関係—名古屋大学大学院留学生へのアンケート調査報告書』(2001年)
|
|
| 2001/4 |
この間,フルブライトプログラムによる |
|
| 2001/9 |
「キャッシュフロー会計の展開」 『会計プログレス』 第2号 (2001年9月)
|
|
| 2001/10 |
理化学研究所独立主幹研究ユニットリーダー
|
|
| 2001/12 |
「財務会計の展望—三つの情報会計論—」 中村忠編著 『 |
|
| 2002 |
名古屋大学大学院教育学研究科博士課程後期課程満期退学。
|
|
| 2002 |
医学研究科を医学系研究科と改称。大型計算機センターおよび関連施設を改組し、情報連携基盤センターを設置
|
|
| 2002 |
文部科学大臣賞(研究功績者)
|
|
| 2002 |
丸文研究交流財団 丸文研究奨励賞
|
|
| 2002 |
名古屋大学出版会発行、名古屋大学日本語教育研究グループ編)
|
|
| 2003 |
スクールカラー
|
|
| 2003 |
|
|
| 2003 |
名古屋大学の軌跡—国際社会との知的交流— (2003年)
|
|
| 2003 |
人間情報学研究科と工学研究科情報工学専攻を統合改組して情報科学研究科を設置。
|
|
| 2003 |
『国際交流拠点としての留学生センター 名古屋大学留学生センター外部評価報告書』(2003年)
|
|
| 2004 |
設置されたエコトピア科学研究機構を前身とし
|
|
| 2004 |
からは、国立大学法人名古屋大学として新たな設置・運営形態の国立大学となりました。
|
|
| 2004 |
.1 エコトピア科学研究所
|
|
| 2004 |
「 |
|
| 2004 |
7.
|
|
| 2004 |
グローバルCOEプログラム
|
|
| 2004 |
|
|
| 2004 |
レーザー精密微細加工国際シンポジウム(LPM2004) 最優秀論文賞
|
|
| 2004 |
より現在 名古屋大学 高等研究院 研究員併任
|
|
| 2004 |
総長特別講義記録—
|
|
| 2004 |
より現在 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CRESTタイプ プロジェクトリーダー
|
|
| 2004 |
( pdf 47KB)
|
|
| 2004 |
〜現在)
|
|
| 2004 |
〜)
|
|
| 2004/3 |
「地球通貨の会計に関する予備的考察」『経済科学』第51巻第4号(2004年3月)
|
|
| 2004/4 |
東北大学大学院農学研究科寄付講座教授
|
|
| 2004/5/8 |
「京都教育大学・名古屋大学 ギターマンドリンクラブ 春の合同演奏会」
|
|
| 2005 |
|
|
| 2005 |
より現職
|
|
| 2005 |
夏に取り壊され、新たにFronte(フロンテ)が建てられた。この建物はこれまでの生協の剰余金(いわゆる利益)のみを利用して建設された
|
|
| 2005 |
『戦争の記憶をさかのぼる』、単著、筑摩書房(ちくま新書)、2005年
|
|
| 2005 |
設置された研究所である。これは学内措置による設置であったが、文部科学省科学技術・学術審議会学術分科会研究環境基盤部会の審議を経た
|
|
| 2005 |
「近代邦訳聖書における二人称代名詞 ―ヘボン・ブラウン訳聖書における「あなた」―」、『国語学論集』(汲古書院)、pp.635-648、2005年
|
|
| 2005 |
文部科学大臣表彰 若手科学者賞
|
|
| 2005/5 |
「財務諸表の連携と財務報告— |
|
| 2005/7 |
名古屋大学大学院工学研究科量子工学専攻教授
|
|
| 2006 |
生体医工学シンポジウム2006ベストリサーチアワード
|
|
| 2006 |
文部科学大臣により |
|
| 2006 |
『感覚の近代 ──声・身体・表象』、単著、名古屋大学出版会、2006年
|
|
| 2006 |
グッドデザイン賞(新領域部門)
|
|
| 2006 |
夏季長期休暇中を中心に改修され、Dining Forestとして
|
|
| 2006 |
採択 現代GP「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」名古屋大学 現代GPキャリア支援・教育開発センター
|
|
| 2006 |
「 |
|
| 2006 |
〜現在)
|
|
| 2006 |
〜現在)
|
|
| 2006 |
「漢文訓読史上の鈴木朖 ―過去・完了の助動詞の |
|
| 2006 |
丸文研究交流財団 丸文学術特別賞
|
|
| 2006 |
『国際会計論』税務経理協会,2006年
|
|
| 2006/3 |
「財務情報の信頼性とキャッシュフロー計算書」『経済科学』第53巻第4号 (2006年3月)
|
|
| 2006/5 |
現在、 |
|
| 2006/5 |
今まで理系書を取り扱ってきた北部書籍が移転する形で、Books Fronte、そして建物内で隣接するCafe Fronteがオープンした。Books Fronteは
|
|
| 2006/7/24 |
開店したファミリーマート |
|
| 2006/10/2 |
オープンした。
|
|
| 2007 |
ファミリーマート |
|
| 2007 |
『検証会社法』(共編著)(信山社・2007年)
|
|
| 2007 |
である。[15]
|
|
| 2007 |
『フィルム・アート――映画芸術入門』(デイヴィッド・ボードウェル、クリスティン・トンプソン著)、監訳、名古屋大学出版会 『増殖するペルソナ――映画スターダムの成立と |
|
| 2007 |
同 准教授、現在に至る学位:博士(文学)(京都大学:
|
|
| 2007 |
本学大学院人間生活科学研究科教授、名古屋大学医学部、愛知医科大学非常勤講師、現在に至る。
|
|
| 2007/4 |
名古屋大学エコトピア科学研究所教授
|
|
| 2008 |
開催された第49回名大祭の模擬店において、大規模な食中毒が発生した。
|
|
| 2008 |
後期の「キャリア形成論」(名古屋大学全学同窓会寄附講義)が、前期に引き続き
|
|
| 2008 |
閲覧。
|
|
| 2008 |
『ラジオ放送局(コレクション・モダン都市文化32)』、編著、ゆまに書房、2008年
|
|
| 2008 |
後期)名古屋大学全学同窓会寄付講義
|
|
| 2008 |
. "中日新聞:名大に正門なぜない? 戦争挟み計画から消滅: |
|
| 2008 |
現在、関係者に4名のノーベル賞受賞者がいる。そのうち、名古屋大学が博士号を授与した者は3名で、学士号を授与した卒業生は2名となっている
|
|
| 2008 |
『「訓読」論 |
|
| 2008/4 |
より慶應義塾大学理工学部生命情報学科教授。
|
|
| 2008/4 |
現在)。年間利用者は中央館のみで延べ約70万9千人、貸出冊数は約13万3千冊
|
|
| 2008/9/29 |
付朝刊、市民版(第18面)
|
|
| 2008/10/9 |
朝刊” (日本語). 朝日新聞
|
|
| 2008/11/30 |
第50回名大祭においては原因調査と再発防止体制確立の為、飲食物を取り扱う企画の自粛対応がなされた。[19]
|
|
| 2009 |
閲覧。
|
|
| 2009/8 |
創立説と呼ばれる(「
|
